9.森のコラム

 

ホシガラスとカケス

 

 もうかなり前になりますが北アルプスの剱岳登山でのことです。一日目は室堂から入山し剣山荘で一泊、二日目は別山尾根から剱岳に登頂し早月尾根を下りました。
池ノ谷側の頂上直下付近は,剱岳でも最も困難なクライミングの岩峰が間近で、下りはじめてすぐは急峻でガレの多いいやな道ででしたがが、2600mのピークを過ぎ、ハイマツ帯から森林限界に変わる頃には道も穏やかになり,一部は丸太で階段がつくられていました。


 何気なく足下の丸太をみると、所々木の裂け目の空洞となっている所に、ハイマツの実がいっぱいつまっています。自然と実が入り込んだ様子でもなく、誰かがわざとつめた物なのか、不思議に思いながら足を進めました。
早月小屋で休憩した時、小屋の主人にそのことをたずねてみると、主人は「それはホシガラスだよ。」と教えてくれました。
そういえば,森林限界付近の遠くの谷あいを、ハシボソガラスより小振りで、少しスマートな黒っぽい鳥が飛翔していました。彼らが貯蔵した餌の内、食べ残しがその後発芽し、植物の勢力拡大に一役かっているのを実感しました。

 

 後日,植生の遷移について興味ある記述がのった本を読んだので紹介します。

 

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(守山弘「自然を守るとはどういうことか」農山漁村文化協会) より

 

 わが国の冷温帯域にはブナを中心とする落葉広葉樹で覆われた森林が存在する。一方、暖温帯域にはシイやカシの照葉樹林が存在する。

こうした分布域を決める重要な要因は、夏の高温と冬の低温である。すなわち,ブナは夏の高温に耐えられず、照葉樹は冬の低温に耐えられない。

 

 この地球では寒冷な氷河期と温暖な間氷期が何度か繰り返し訪れた。そのたびにブナ帯と照葉樹林帯は移動を繰り返した。

最後の氷河期は今から約1万2千年ほど前で、照葉樹林帯は現在よりかなり南の方まで後退していた。

 

 

 その後、気候の温暖化にともない、6千5百年ごろ前に大阪湾沿岸まで到達した。(これは土壌に残された花粉分析から推定されている。)

さらに温暖化が進み、京都付近に達したのは5千年程前のことである。

つまり大阪から京都までの40キロメートルの距離を、約1500年というスピードで移動している。(約1000年という説もある。)

 

 シイやカシは芽生えてから種子をつけるようになるまでにほぼ20年くらいかかる。

そこでドングリから芽生えた幼樹が20年かかって結実し、実ったドングリが落下して芽生え、また20年かかってドングリを落下させる、という繰り返しで遷移していったとすると、40キロメートルの距離を1000~1500年で遷移するためには、1本の木は500~800メートル程ドングリを飛ばさなければならなくなる。

これは自然落下による散布ではとても考えられない距離であり、何かの助けが必要である。

 

 ドングリを遠くまで運ぶことができるもの、それはネズミ類やカケスなど、ドングリを好み貯蔵性のある動物や鳥である。

このうちアカネズミの実験観察によると、運べる距離は200m以下で、川河があると先には進めない。

一方カケスは英国の研究者の観察によると、最大1.2Kmの距離までドングリを運び地面に埋めているという報告がある。

 そこでこの本の筆者は,照葉樹林の遷移に最もかかわった動物は、鳥類それもカケスであろうと推測している。

     カケス

 

 大昔も現在も、鳥達はわれわれの見える所、見えない所で彼らの営みを続け、植物の勢力拡大に一役かっている。

    

(文・イラスト(カケス):1期生 井出)